地域活性化=商店街Wi-Fi?
Wi-Fiを活用した地域活性化のお話を多く受けてきました。
商店街のフリーWi-Fi化などです。
10年以上前、まだケータイ電話の通信速度がWi-Fiに比べてはるかに低速だった時代には、フリーWi-Fiを求めて人々が集まる時代がありました。
確かに商店街のWi-Fi化は、安価なブロードバンドコネクティビティの提供によって人々をその場所へ集める効果がありました。
しかし、4Gが普及して以降はケータイ電話の通信速度が格段に向上したため、ブロードバンド性を求めてフリーWi-Fiを利用する人は少なくなりました。
昨今は、「ギガ消費を節約するため」にフリーWi-Fiを求める人が多くなりました。
つまり商店街Wi-Fiは、「切要」な存在から、「こぼれ幸い・儲けもの」な存在へと変化したのでした。
これからの地域活性化はIoT
さて、ブロードバンド通信網の整備は道路網整備や鉄道網整備と似ています。60~70年代の高度経済成長期の中心的施策に、道路や鉄道といった社会資本の整備がありました。
商店街Wi-Fiは、いわば「標準的無線通信規格に基づく自営の地域公衆無線通網」ですので、立派な社会資本と言えます。
では果たして今後も「商店街Wi-Fi」が地方を活性化し、経済成長を支える一助となりえるのでしょうか?
問題は、商店街Wi-FiのようなICT社会資本を使って何をやるか?に掛かっていると思います。スマホのためだけの通信網であれば、キャリアが提供する4Gや5Gがあります。
鍵はIoTにあります。
何もかもがデジタル化していくこれからの社会において、IoT、すなわち現実世界のあらゆるものがインターネットに繋がりバーチャル空間と連携することの重要性はどんどん増していくでしょう。
IoTの2つの型
ここでは、IoTをナローバンドIoTとブロードバンドIoTの二つに分類してみたいと思います。
ナローバンドIoTの応用例としては、ガスメータや電力メータ等の遠隔管理のためのスマートメータ、パーキングメータ、水位計、GPSトラッカーなどがあげられます。
いずれも、送受するデータの量が少ないことが特徴です。
ナローバンドIoTの実装には、セルラー回線を活用した格安SIMサービスや、LPWAと呼ばれる通信速度は低速であるものの長距離伝送が可能な無線通信システムが活用されてきました。これに対して、ブロードバンドIoTは、文字通りブロードバンド回線を必要とするIoTサービスです。
これまでは主としてナローバンドIoTの普及が先行してきました。
なぜなら、ブロードバンドIoTでは、大量のトラフィックを送受するための通信網の構築費用が高額であったり、セルラー通信を使う場合は月々の通信料金が高額であったため、導入までの敷居が高かったことが理由として挙げられます。
これからはブロードバンドIoTが重要、鍵は自動車
今後、ブロードバンドIoTはとても重要になってくるでしょう。
特に自動車が鍵になると思います。
セルラー通信用の無線モジュールが標準装備されている車種が増えてきました。しかし、現在の通信の用途は車の診断情報や低サンプリングレートのGPS情報などが主でした。つまりナローバンドIoTの範疇の活用にとどまっています。
自動車業界の今後のトレンドでは、CASE(Connected, Autonomous, Shared and Electric)という言葉で語られるように、インターネット接続と自動運転が重要とされます。
自動運転のレベルが上がるにつれて、車には複数のカメラやLiDARの装備が要求されます。
これらのセンサーからの情報をインターネット上に集めることで、自動運転に必要な鮮度の高い地図情報を構築することが可能になります。
また、忘れてはならないのは車のファームウェアアップデート。俗に言うOTA(Over The Air)アップデートです。
自動運転の基本は、外部からリモートで車の制御を行うのではなく、車自身が自律して走行することです。
車自身に高度なソフトウェアが実装されます。常に最新のソフトウェアに保っておかねばなりません。
自動運転が普及するにつれて、車のファームウェアアップデートにかかるトラフィックは急速に増大していくでしょう。
これらのファームウェアのサイズは現在のスマートフォンのそれと同規模か、あるいはそれ以上となるでしょう。
本格的な自動車IoTは劇性のあるブロードバンドIoT
米国の大手EVメーカであるテスラのOTAアップデートは、スマホの場合と同様にWi-Fi接続が要求されます。
5G時代を迎え、いずれは自動車にも5Gインターフェースが搭載される日が訪れるでしょうが、果たして、急増する自動車のファームウェアアップデートのトラフィックをセルラー網で捌けるのでしょうか?
5G対応した最新のiPhone12では、はじめてセルラー回線を使ったファームウェアアップデートに対応したそうです。それ以前はWi-Fi接続した場合のみ可能でした。
もしこれが標準的に利用されるようになれば、一気にセルラー回線のひっ迫が問題となります。(あるいは、データキャップがあるので、ユーザはセルラー回線を使ったファームウェアアップデートを「自制」するかもしれませんが・・・)
スマホでさえ大量のトラフィックが発生しようとする状況の中、自動車IoTに掛かる通信トラフィック、すなわち車に搭載した多数のセンシングデータのリアルタイム伝送やファームウェアアップデートのための通信トラフィックまでをも、セルラー回線でスムーズに捌くことは出来るのでしょうか?
このように自動運転社会における本格的な自動車IoTは、セルラー通信網に対して劇性のあるブロードバンドIoTと言えるでしょう。
地方都市の交通の要は自動車、自動車のためのブロードバンドIoTは不可欠
さて、話をIoTを使った地域活性化の話に戻しましょう。
地方都市における交通の中心は自動車です。
CASEという言葉が代表するように、自動車産業の構造自体がこれから大きな変革の時代を迎えようとしています。
自動運転社会を支える自動車IoTのためのインフラ整備は、CASE推進の中心的課題であると言えます。
スマホ通信を主軸に事業モデルが最適化された現在のセルラー通信網だけでは上述のような課題が必ず浮き彫りになります。自動車IoTのためのWi-Fi網やローカル5G網の整備を各都市は進めるべきだと思います。
高度経済成長は道路網の整備が支えました。
ブロードバンドIoT網の整備は、自動運転社会の浸透を強力に推し進める源となるでしょう。
自動運転社会の実現は、すそ野の広い経済的波及効果を社会へもたらします。
例えば、安価できめ細やかなオンデマンド型の自動送迎バスあるいはタクシーは、「駅から徒歩〇〇分」といったこれまでの不動産価格の価値基準を改めさせ、郊外分散型の居住圏の拡大を促すでしょう。
また、独居老人問題も解決し、老齢者の回遊圏の拡大を促して地域経済の活性化をもたらすでしょう。
飲食店の在り方にも変化が生じるかもしれません。広大なパーキングエリアを備えた飲酒可能な郊外型の居酒屋やレストランとか。もう飲酒運転を心配する必要はありません。
自動運転車両で移動中は仕事ができます。労働生産性は格段に向上するでしょう。
自動運転車両同士が協調連携すれば、交通渋滞は過去の話になるかもしれません。
交通渋滞による経済損失は、年間10兆円にも及ぶと言われています。年間の我が国の法人税収に匹敵する規模です。
自動運転車両の協調連携は自動車IoTが普及して初めて実現されます。
「自動車向けのブロードバンドIoT」・・・これが「商店街Wi-Fi化」の次に必要なICTによる地域活性化のキーワードではないかと私は思います。
著者
PicoCELA株式会社
代表取締役社長 古川 浩
NEC、九州大学教授を経て現職。九大在職中にPicoCELAを創業。
一貫して無線通信システムの研究開発ならびに事業化に従事。工学博士。