5Gフィーバーで忙しいここ最近こそあまり聞かなくなりましたが、少し前、世界中のモバイルキャリアは「脱・土管化」を声高に叫んでいました。
スマホ全盛の今日。
ユーザがモバイル通信を介して享受する価値は、Apple社やGoogle社などが提供するスマホとクラウドによって支配される時代となりました。
モバイル通信の基盤を支える大黒柱であるはずのモバイルキャリア。
しかし、その価値は年々過小評価され、通信データを運ぶ単なる土管屋に成り果ててしまうだろう・・・と揶揄されることもしばしば。
では、スモールセルが全盛となるこれからの時代、モバイルキャリアの土管屋化はますます進むのでしょうか?
私はそうはならないと考えています。
スモールセルは皆さんのごく身近な場所にたたずみ、スマホやPCとインターネット回線を結ぶ役目を果たします。
各スモールセル基地局は、このような無線ゲートウェイの役割を果たします。これが第一の機能。当然ですね。
このスモールセル基地局に、無線ゲートウェイだけでなく、もっと他の役割を担わせることはできないのでしょうか?
例えば、各スモールセル基地局に人感センサーをつけると何ができるでしょうか?
カメラが無くてもその場所その場所の人の流れを把握することができますね。
プライバシー侵害の心配もなし。
もっと汎用的な超音波センサーやレーザーセンサーをつけると、リモートセンシングの原理でスモールセル基地局周辺の構造物を3次元でプロファイリングできます。
(出展:https://www.symphotony.com/wp-content/uploads/subwaypointcloud.jpg)
このような3次元の構造データは屋内の高精度な歩行者ナビゲーションのための地図データとして活用できる可能性があります。
屋内やビルの谷間に入ると、スマホのGPSはほとんど役に立ちません。
ならば、各スモール基地局にGPS衛星の役目を担わせましょう。
屋内だろうがビルの谷間だろうが、超高精度な屋内測位が実現できます。
もう街中で道に迷うことはありません。
各スモールセル基地局にストレージを搭載したら?
各ストレージに様々なコンテンツを格納させることができます。
スモールセルに搭載したストレージからこれらのコンテンツをダウンロードすれば、わざわざインターネット上のコンテンツサーバへアクセスしなくても、すぐにデータをダウンロードできます。
爆速で大きな容量のデータをダウンロードできるわけです。通信料も大幅に削減できそうですね。
世界を駆け巡るインターネットトラフィックの実に8割は動画トラフィックだと言われています。
インターネットトラフィックの爆発的増加は大きな設備投資を必要とする基幹網の構築費用を押し上げています。この費用は、皆さんが毎月支払っている通信料として転嫁されます。
各スモールセル基地局に分散して動画等の大容量コンテンツを格納すれば、基幹網を流れるデータトラフィックを大幅に削減できるようになるでしょう。
スマホそのものの在り方にも影響を及ぼすかもしれません。
今皆さんがお使いのスマホは毎年のように高性能化しています。
スマホの消費電力はモデルチェンジ毎に大きくなり、巨大化したバッテリが発火するなどの問題も引き起こしています。
航空会社が特定のスマホの持ち込みを禁止するなど、耳を疑う事象も現実に起こっています。
スモールセルとスマホの間のアクセス回線は伝送距離が短いため、高速化が容易です。
スマホを液晶とキー入力、カメラ、マイク、スピーカー、GPSレシーバ、各種のセンサーだけに特化したシンプルなユーザーインターフェース端末としてしまいましょう。
シンクライアント(Thin Client)ならぬシンスマートフォン(Thin Smartphone)です。
OS自体をすべてスモールセル基地局側で担うのです。
こうなると、スマホ自体に高い演算処理は不要です。メモリもストレージも最小限で済むでしょう。
スマホのバッテリ消費量は大きく削減できるでしょう。
スマホは軽くなり、電池持続時間も劇的に長くなるでしょう。
発火問題も無くなります。
スモールセル基地局にカメラを搭載するとどうでしょう?
動画をそのままネットワークへ流すと、大きなトラフィックとなり、負荷をかけてしまいます。プライバシーも気になります。
スモールセル基地局に動画認識のためのAIを導入すれば、カメラで撮影した映像から、種々の情報を機械的に認知させることもできるようになります。
つまり、映像をAIによって認識し、文字化・数字化するわけです。
ネットワークの負荷も大幅に削減できます。
プライバシーも保護されます。
現在のスマホの仕組みでは、スマホ自体を紛失すると大変なことになりますが、スモールセル側がOS機能を持てば、スマホを紛失しても、それほど大騒ぎしなくてもよくなるでしょう。
こうやって想像力を働かせてみると、スモールセル基地局は、クラウドとスマホによって提供される価値を代替し、さらに新たな価値を生み出す源泉となる可能性を感じずにはいられません。
スモールセルは、何しろ、ユーザとインターネットとを結ぶ最初のゲートウェイなのですから、そこに大抵の機能を集約させてしまうことができるのです。
このような基地局が担う新しい価値を「エッジコンピュータ」として表現することがあります。
スモールセル基地局がエッジコンピュータ化される時代は直ぐそこに来ています。
5G、さらに5G以降の世界では、モバイル通信の価値提供の主役が大きく交代するかもしれません。
この主役が再びモバイルキャリアに移るのか、それとも新しいプレイヤーが登場するのか?
時代は大変な勢いで変化しており、10年後の未来はまだ誰にも予想できないと言えるでしょう。
著者
PicoCELA株式会社
代表取締役社長 古川 浩
NEC、九州大学教授を経て現職。九大在職中にPicoCELAを創業。
一貫して無線通信システムの研究開発ならびに事業化に従事。工学博士。