今回は、皆さんきっと関心の高い5Gの話、それにまつわる話題を書いてみたいと思います。
ここ最近、新聞やテレビ等で5Gのことを聞かない日はありません。
モバイル通信の世界に身を置いてかれこれ25年余り、これほどの期待を背負って登場しようとしている通信規格はこれまでなかったと思います。
まるで世界を一変してしまうような世間の騒ぎ様・・・
でも、私はモバイル通信の研究開発に長年携わってきた、まがりなりにも専門家なので、少し冷静に5Gのことを捉えてみたいと思います。
現代のモバイル通信システムは、広範囲で多層的、様々な切り口でとらえることができる複合的な集合体です。
しかし、古典的な無線通信技術、つまり、A地点からB地点へ無線で伝送する技術に関して言えば、すでに20年ほど前に理論限界に近い性能を発揮する手法が確立されています。
ただし、その実現のためには大変な計算を必要とします。
計算が必要ということは、電力を消費するということです。
(特に受信側。昨今の無線機は、送信機並みに受信機も電力を消費します)
したがって、電力消費量を抑えるアルゴリズムやLSI技術の進化がモバイル通信の高速化を今日まで支えてきました。
当然、これからも支えていくでしょう。
ここで、「5Gは4Gよりも10倍のスピードが出る、すごい!」・・・という話をよく耳にします。
しかしはっきり申し上げて、通信速度を上げること自体は、技術的にはそれほど難しいことではありません。
私が幼いころ、ロケットエンジンを搭載した自動車が時速1000kmを達成したという話を聞いた記憶があります。
しかし、右にも左にも曲がれない自動車にどれほどの意味があるでしょうか?
ちょっと乱暴なこじつけかもしれませんが、モバイル通信での過度な速度競争論も、これと似た誤解を世間へ生じさせているように感じます。
重要なのは、多数の人々が等しく10倍の通信速度を享受できること、です。
一握りの人だけ10倍の通信速度を享受できても、残りの人々は、従来と変わりない通信速度あるいはそれ以下の通信速度しか得られないのであれば、10倍という表現はどうかなぁ・・・と感じてしまいます。
4Gと比べて、10倍の通信速度を「すべての人々が享受」できるようにするためには、モバイルネットワークの「システム容量」もこれまでの10倍を達成できなければなりません。
システム容量とは、単位面積・単位周波数あたりに何人の人々がどれくらいの通信速度で通信が出来るかを表す指標です。
たくさんの人々が同時にあちこちで利用するモバイル通信網の設計は、たくさんの人々が同時に利用する状況を想定しなければ意味がないのです。
では、5Gのシステム容量はどれくらいだと思いますか?
システム容量を決定づける「周波数利用効率」は、なんと、たったの3倍なのです!
https://www.nttdocomo.co.jp/binary/pdf/corporate/technology/rd/technical_journal/bn/vol25_3/vol25_3_004jp.pdf
※4Gと比較して5Gの周波数利用効率は3倍とする目標値が定義されている。
しかもこれは努力目標であり、現実にはこれ以下であると予想されます。
10倍の通信速度を3倍のシステム容量でカバーする・・・
これは一体何を意味するのでしょうか?
例を挙げて考えてみたいと思います。
いま、4Gのシステム容量ぎりぎりの状態で、100人の人々がある通信速度(ここでは、通信速度Aとします)で通信をしていたとしましょう。
このときのシステム容量は次の式で計算できます。
100 x A (4Gのシステム容量)
この状態ですべての通信を5Gへと置き換えたとします。
つまり、システム容量は3倍になるわけです。
次の式で計算できます。
3 x 100 x A → 300 x A (5Gのシステム容量)
しかし、5Gなのですから、当然、高速通信を享受したいですよね?
そこで、100人中の30人が10倍の通信速度、すなわち10 x Aの通信速度を得たとしましょう。残りの人は、従来の通信速度Aを維持するものとします。
このときに必要なシステム容量は次の式で計算できます。
30[人] x 10 x A+70[人]x 1 x A → 370 x A (30人が10倍の通信速度を享受した場合に必要な5Gのシステム容量)
あれ?さっきの5Gのシステム容量300 x Aを超えてしまってますね・・
そう、30名の人が10倍の通信速度を得ようものなら残りの70名は通信ができなくなってしまうのです。
(注意:上記の計算では、4Gと5Gとで与えられる周波数の帯域幅は等しいものとします)
システム全体で4Gの3倍の容量しか得られない状態で、10倍もの高速通信を一定数の端末へ許容してしまうと、上記の例のように他の端末が満足な通信帯域が確保できなくなってしまうのです。
この問題を解決するには、システム容量、すなわち周波数利用効率を10倍に高めればよいことになります。
しかし、そんな魔法は存在するのでしょうか・・・?
おっと、時間が来てしまいました。
この続きはまた次回に!
著者
PicoCELA株式会社
代表取締役社長 古川 浩
NEC、九州大学教授を経て現職。九大在職中にPicoCELAを創業。
一貫して無線通信システムの研究開発ならびに事業化に従事。工学博士。