5Gによって4Gの10倍の通信速度が得られますが、システムが許容できる容量は3倍どまり。一部の人が10倍の速度を享受すると、他の多くの人が通信の機会すら得られないことを前回のブログ「5Gにまつわる大きな誤解メッシュWi-Fiのパイオニア」で説明しました。
これを仮に速度10倍問題と呼ぶことにしましょう。
10倍の通信速度をすべての利用者が享受するためには、10倍のシステム容量を得る必要があります。
一体、どうすればよいのでしょうか?
解決策は2つしかありません。
ひとつは、MIMO(マイモ、あるいはミモと呼びます)という複数アンテナを用いた送受信技術をどんどん導入すること
聖徳太子は同時に喋っている10人の声を聞き分けたといいます。
これと同じように、MIMOを使うと、同時に送信された複数の通信セッションを聞き分けることができます。
アンテナを10本使えば、最大10個の通信セッションを聞き分けることができます。
(聖徳太子は2つの耳で10人の声を聞き分けたのですから、MIMOよりもっと優れた能力を持っていますね(笑))
ちなみに、MIMOなしで同時に複数の通信セッションを処理するためには、広い周波数帯域幅が必要になります。
MIMOが素晴らしいのは、周波数帯域幅を広げることなく、アンテナ本数を増やすだけでよい点です。
周波数は人類に与えられた限りある資源です。周波数をとても有効に使うことができるのです。
その代わり、とてつもない計算が必要となり、電力消費が大きくなります。
(聖徳太子はとてつもない頭脳を持っていたのでしょうね(笑))
では、5Gの速度10倍問題を解決するためには、いったい何本のアンテナが必要なのでしょうか?
MIMOは4Gでもすでに実用化されています。
基地局や端末によって違いますが、使われているアンテナ本数はおおむね端末側で最大4本程度でしょうか。
10倍となると、40本のアンテナが必要になります。
MIMOが有効に機能するためには、各アンテナの間隔は数cmを置く必要があります。 (※ 必要な間隔は周波数によって決まります)
仮に3cmの間隔で、2次元的に5x8=40本のアンテナを装備したとすると、最低でも12cm x 21cmもの面積を必要とします。
とてもスマートフォンに収まるサイズではありませんよね。
MIMOを使った場合、アンテナ面積という物理的な制約によって、速度10倍問題を解決することは難しいのです。
もう一つの速度10倍問題の解決策、それが「スモールセル」です。
基地局の守備範囲のことをセル(cell)と呼びます。
Cellとは生物を構成する細胞、そう、あれのことです。
モバイル通信では、たくさんの基地局を空間に敷き詰めることで、広い通信エリアを作ります。
その様子を空の上から眺めると、あたかも細胞がびっしりと敷き詰められた様子にみえることから、これをセルラー(cellular)システムと呼びます。
皆さんが普段使っている現代の携帯電話システムはすべてこのセルラーシステムによって実現されています。
昔は、一つの基地局で広範囲のエリアをカバーする方式(これを大ゾーン方式と呼びます)が利用されていました。
身近な例では、タクシー無線がそれに相当します。
大ゾーン方式に比べて、セルラーシステムが画期的なのは、少し離れたセル間で同じ周波数を繰り返して再利用する点にあります。
テレビ放送を想像してください。
東京でNHK総合は27チャネルが利用されています。
同じ27チャネルを福岡の北九州では民放のTVQが利用しています。
電波は距離が遠くなればなるほど減衰していきます。
北九州と東京では830kmもの距離があります。
いくら大電力で放射されているテレビ放送電波であっても、北九州で受ける東京の電波はとても微弱です。
その結果、北九州と東京では、それぞれ別の放送局が放送する別の番組を、「同じ周波数」で「同時」に視聴することができるのです。
これを周波数リユースと呼びます。
セルラーシステムは、この周波数リユースと全く同じ仕組みによって、小分けされた小さなゾーン間、つまりセル間で、周波数をうまく再利用し、限りある周波数資源を、巧みに有効活用しているのです。
4倍高密度に基地局を設置すると、単位面積当たり4倍の負荷を許容できるようになります。
その分、周波数消費を抑えられます。
割り当てる周波数帯域幅がそのままだとすると、4倍の通信速度を許容できるようになるわけです。
セルは小さくすればするほど周波数利用効率は向上します。
実に効果的ですよね。
速度10倍問題を解決するためにはセル半径を、今までのものから1/3より少し小さくすればよいだけです。
単純に基地局を高密度に設置するだけで、セル半径の二乗に反比例して周波数利用効率はいくらでも拡大していくのです。
第一回のブログで説明した高密度Wi-Fiの話も結局のところ同じ原理に基づきます。
このように、従来に比べて守備範囲のより狭い基地局をたくさん敷き詰めることをスモールセル(small cell)化と呼びます。
MIMOはアンテナに必要な面積という制約のため、10倍問題の解決法としては限界があります。
ますます拡大する通信速度の高速化に対応するべく周波数利用効率を拡大する手法としては、もはや適切ではありません。
スモールセルでしか、これからの速度10倍問題を解決できないのです。
スモールセルは5Gを実現するための必須の技術と言っても過言ではないでしょう。
次回はわが社の社名「PicoCELA」の由来についてお話ししたいと思います。
乞うご期待!
著者
PicoCELA株式会社
代表取締役社長 古川 浩
NEC、九州大学教授を経て現職。九大在職中にPicoCELAを創業。
一貫して無線通信システムの研究開発ならびに事業化に従事。工学博士。