昨年2023年のセルラー通信システムが捌いた米国のモバイルデータトラフィックが単年で初めて100T MB(原文のまま。つまり100x10^12x10^6=100x10^18 バイト=100エクサバイト)を越えたそうです。これは、2年前の2倍、また2010~2018年に捌いたトラフィックの合計よりも多いとのこと。
一方で利用者が支払うモバイルデータの利用コストは、激しいインフレの渦中であったにも関わらず3年前の半分に低下したそうです。今は$0.002/MB。日本円に換算すると、月20GBのプランで5,800円/月(1ドル145円で計算)ということになります。米国の一人当たりのGDPは日本の2.5倍ですから、今の日本人の感覚では2,300円/月くらいでしょうか。
トラフィックの増加に対してMB当たりのモバイルデータ利用料は低下しており、差し引きゼロの可能性もあるので、データ利用量の増加(=トラフィックの増加)が収益の増加をもたらしていると判断するのは早計だと思います。その一方で、増加するトラフィックに対処するためネットワークインフラへの投資負担は確実に増大しているでしょう。
そして、これが一番の驚きだったのですが、なんとこの2年間で自宅でのブロードバンド契約をした人の実に95%が、光回線やケーブル回線の契約ではなく、5Gホームルータと呼ばれるFWAの契約だったそうです。
Fixed Wireless Accessについて
FWA=Fixed Wireless Accessと聞くと懐かしいと感じる方もおられるかもしれません。
インターネットの商業利用が解禁された90年代前半、各家庭へのインターネット接続はダイアルアップ接続が一般的でしたが、無線通信による高速なインターネット接続サービスもありました。各家庭のベランダにアンテナを設置し、サービスプロバイダーが提供する専用無線基地局と通信することでインターネットへの接続を提供するサービスです。しかしほどなくしてADSLによるブロードバンド契約の爆発的普及が始まり、その後、光回線が各家庭へ浸透しました。FWAは、ADSLや光がまだほとんど普及していない時代のブロードバンド契約の一つで、5Gがローンチする前はごく一部で利用されるサービスに過ぎませんでした。
このように、FWAはインターネットの普及過渡期を支えたブロードバンドアクセス技術の一つであり、過去のテクノロジーというのが一般的な評価であったと思います。
5G FWAとは、5Gの無線リンクをFWAとして利用するブロードバンド契約のことです。ここにきて、なぜ光ではなく5Gなのでしょうか?
米国の各家庭での新規ブロードバンド契約の大半は5G
5G FWAの実態について、下記の調査会社のページよりもう少し詳しく調べてみました。
上記ページのFigure 2を見てみましょう。直近7年間の四半期ごとのFWA、ケーブル、および光回線契約の純増数の推移です。
※ OPENSIGNALウェブサイトより引用
確かに2022Q2くらいからFWAの加入者は四半期ごとに700~800万の純増数を得ているのに対して、ケーブル回線契約や光回線契約はむしろ若干加入者を減らしていることが示されています。光回線契約に関してはそれ以前より加入者がほとんど増えていませんので、より厳密な解釈はケーブル回線契約の新規加入者が5G FWAへ移行したと言えるでしょう。
このデータは衝撃的です。何しろ、ここ最近の米国の各家庭でのブロードバンド契約の大半は、ケーブルでもなく、光でもなく、なんと5Gなのです。
セルラー通信は各個人を無線ブロードバンド回線でインターネットに接続する手段を提供することに成功しました。しかし、これまでは、自宅のブロードバンド回線契約は光回線やケーブル回線が主でした。
このトレンドが、2022年から突如として5Gへと切り替わったのです。
モバイル通信技術の進化によって、いまや光回線やケーブル回線とさほどそん色のない通信速度が5Gによって得られるようになりました。契約者自身で簡単に敷設ができ、即日開通できる5Gホームルータは、専門の工事業者を伴い開通までに時間を要する光回線やケーブル回線に比べるとユーザにとっては魅力的です。
一方、キャリアサイドの観点では、5Gへのインフラ投資を行っても結局ARPUを上げることは困難という事情から、新たな収益源として5Gホームルータの普及を加速させたい思惑があるでしょう。
このようにユーザサイドとキャリアサイドの思惑が一致した5G FWA普及のトレンドは、米国のみならず、他国においても拡がっていくのではないかと思います。
著者
PicoCELA株式会社
代表取締役社長 古川 浩
NEC、九州大学教授を経て現職。九大在職中にPicoCELAを創業。
一貫して無線通信システムの研究開発ならびに事業化に従事。工学博士。